S 邸・ドラッグレース王者の家 + 伊左次徹紀
カテゴリー: カーライフ
タグ: EDGEが効いている / ガレージハウス
2013/01/23

閑静な住宅街に潜むマニアック・ファクトリー
23坪という限られた敷地にもかかわらず、なんと3台の車が収まるガレージが。
玄関への動線にもなっているその空間は、マニア垂ぜんのモノで埋め尽くされていたのだった。
「住宅付きのガレージを作ってください!」
古くからの屋敷も多く残る、緑の多い閑静な住宅街に目的のS邸はあった。外観は3層に見える。1階はアルミ製のスライドドアに丸い窓が設けられている。2階部分は中央に正方形の窓。そして3階部分は三角の屋根と天窓。芸術家のアトリエのような、どこかクリエーティブな香りが漂う造形だ。
スライドドアを開けるとタテ目のメルセデス・ベンツとタイプ993 ポルシェ 911が並んでいる。このガレージは玄関も兼ねていて、メルセデスとポルシェの間を通り居住スペースへとアクセスする。その動線どおりに奥へ進むと、後方の薄暗いスペースに、もう1台の車が収められていた。低く黒いボディ。ポルシェ 356スピードスターだ。
「フォルクスワーゲン・エンジンを積んだレプリカですけどね」そういって微笑む施主のSさん。ところが、この356がものすごいマシンであった。「自分で組んだエンジンでドラッグレースをやっていたんですよ」
Sさんがサラリと教えてくれた。356に近づくとガレージの奥は右手に少し広がりがあり、メンテナンス用品が溢れんばかりに収められていた。これはもはや、趣味レベルのものではなく本格的なファクトリーといってもいいほど。なにしろ工具類、用品類、パーツ類の充実ぶりがすごい。元輸入車のメカニックだった同行の編集者に「ここはガレージというレベルじゃありませんよ」といわしめたほど。ここで356をチューニングしてドラッグレースに参戦していたというわけだ。
「休みの日は、ほとんどここで過ごしていました」とSさん。なぜ過去形?「もう飽きちゃったんです。今は自転車」と笑顔で教えてくれた。その真意を聞きかねているうちに居住空間へと案内された。
911の後方にある階段を登ると、そこには広い中庭が。ここは愛犬が遊べるようにと作られたスペース。御影石が敷かれ、また外界からは遮断された空間なので、まるで美術館のような建造物をイメージさせる空気感だ。見上げると2階と3階の建物に囲まれるような、大きな吹き抜けに近い空間となっている。リビングルーム、寝室、バスルーム、トイレとそれぞれが独立して存在し、それらは廊下と階段で繋がっている。部屋間の移動は、いったん屋外に出なくてはならないのだが、よほどの大雨ではない限り気にならないそうだ。設計を担当したのは建築家の伊左次徹紀さん。Sさんが設計を依頼する際に「住宅付きのガレージを作ってください」と言ったことが、伊左次さんには衝撃的だったという。今から12年前の話だ。
しかし敷地は23坪。車1台を入れるのも難しい条件であるにもかかわらず、Sさんは「3台は入れたい」という希望。さらに「犬が遊べる庭も欲しい」と無謀ともいえる要求を伊左次さんに提示した。もともと自身も車好きで、Sさんの思いに共感した伊左次さんは、熱心に設計に当たった。
「玄関も作れない状況でした。法的な要件をぎりぎりクリアし、形にしました」と伊左次さんがいうように、実はガレージは23坪の敷地をすべて使っている。われわれ取材陣には、どこまでが1階でどこからが地下なのか判別できないが、「建坪率は地下には適用されないことを利用」して実現した夢の空間だ。
先ほど「車は飽きた……」といったSさんだが、車の話をしているときの目の輝きを見て、今は小休止をしているだけなんだな、と確信。次回お会いするときには、またファクトリーに籠もっているのかもしれない。

「S邸・ドラッグレース王者の家」
建築家:伊左次徹紀
tel.043-464-1320 http://isaji-archi.com/
所在地:東京都杉並区 主要用途:専用住宅
構造:1F=鉄筋コンクリート、2&3F=木造 規模:2階建 敷地面積:76.54㎡ 延床面積:37.67㎡
設計・監理:株式会社伊左次建築設計事務所
文・菊谷 聡 text / KIKUTANI Satoshi
写真・木村博道 photos / KIMURA Hiromichi

自作のエンジンを搭載し、11秒3というタイムをたたき出したポルシェ356レプリカ。後方右手には作業場があり、工具からケミカル用品に至るまで使い込まれた本物のオーラを発していた。左手の書棚には創刊号から某誌が並ぶ

1972年式メルセデス・ベンツ280SEL3.5。格安で譲ってもらい徹底的にレストアしたモデルだ。夏場でも快適にドライブできるという。生まれて初めて買った車が、その右の911

寝室側の回廊から中庭を見下ろす。各部屋へのアクセスは外階段や廊下を通らなければならないが、「とくに不便は感じません」とはS夫人

エンジンスタンドが固定されている木製デスクは伊左次さんからのプレゼント。旋盤やコンプレッサーまで揃う本格的なファクトリーだ
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